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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(行ツ)157号 判決

主文

原判決を破棄する。

被上告人らの本件控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人林博、同依田敬一郎の上告理由について

一  本件記録によれば、被上告人らの本件訴えは、第一審被告・被控訴人亡春日井秀雄(昭和六一年一月一一日死亡により上告人らが本訴を承継した。以下「亡秀雄」という。)が東京都議会議長(以下「議長」という。)に在任中、議会運営費のうち交際費、報償費及び特別旅費について架空支出又は水増請求を行つてこれを裏経理の収入に計上した上、法令上の根拠なくして各党対策費名下に一四四万四〇〇〇円を、幹部職員手当名下に二二七万円を各支出し、また、特別旅費六五〇万円を委託料に流用した上これを法令上の根拠なくして国会対策費名下に支出し、かかる違法な公金の支出により東京都(以下「都」という。)に対し合計一〇二一万四〇〇〇円の損害を与えたので、都の住民である被上告人らは、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号の規定に基づき、都に代位して、上告人らに対し右損害の賠償を請求する、というものである。

右訴えにつき、第一審は、議長としての亡秀雄の行為は住民訴訟の対象とはなり得ず、本件訴えは法定の被告適格を有しない者に対する訴えであるとしてこれを却下したのに対し、原審は、議長たる亡秀雄は、(一) 交際費、報償費及び特別旅費の支出に関しては議会局の事務の統理者として支出伺と支出決定原議に決裁印を押捺し、(二) 委託料の支出に関しては自ら受領するなどしてこれに関与しているのに、右各支出に関し亡秀雄が職務上の責任を負わないとすることは不自然であるから、本件においては議長は法二四二条一項所定の「普通地方公共団体の職員」に該当すると解して妨げがなく、したがつて、本件訴えは被告を誤るものではないとして、第一審判決を取り消し、本件を第一審に差し戻す判決をした。

論旨は、要するに、原判決が議長は法二四二条一項所定の「普通地方公共団体の職員」に該当するとしたのは法令の解釈を誤るものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

二  よつて検討するのに、本件訴えは、法二四二条の二第一項四号所定の代位請求住民訴訟の一類型である「当該職員」に対する損害賠償の請求として提起されたものと解されるところ、住民訴訟が自己の法律上の利益にかかわらない当該普通地方公共団体の住民という資格で特に法によつて出訴することが認められている民衆訴訟の一種であることにかんがみると、当該訴訟において被告とされている者が当該訴訟において被告とすべき右「当該職員」たる地位ないし職にある者に該当しないと解されるとすれば、かかる訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法といわざるを得ないこととなる。そして、右「当該職員」とは、住民訴訟制度が法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正しもつて地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至つた者を広く意味し、その反面およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解するのが相当である。

そこで、本件についてこの点をみるのに、法の規定によると、普通地方公共団体の議会の議長(以下「議会の議長」という。)は、議会の事務の統理権(法一〇四条)、議会の庶務に関する事務局長等の指揮監督権(法一三八条七項)を有するものの、予算の執行権は普通地方公共団体の長(以下「長」という。)に専属し(法一四九条二号)、また、現金の出納保管等の会計事務は出納長又は収入役の権限とされているから(法一七〇条一項、二項)、一般に議会の議長の統理する事務には予算の執行に関する事務及び現金の出納保管等の会計事務は含まれておらず、議会の議長はかかる事務を行う権限を有しないものというほかない。もつとも、長はその権限に属する事務の一部を当該普通地方公共団体の吏員に委任することができ(法一五三条一項)、議会局の事務局長その他の職員を長の補助機関たる事務吏員に併任した上その者に対し支出命令等予算執行に関する事務の権限を委任することは可能であるが、議会の議長は、その地位にかんがみると、長においてかかる権限の委任を行い得る相手方としては予定されていないというべきである。現に本件においても、東京都会計事務規則等関係法令上議長に対し都知事の有する予算執行に関する事務の権限が委任されていたとみるべき根拠は存しない。また、本件の交際費等の支出手続について原審の確定するところを略述すると、(一) 交際費については、議会局管理部庶務課長が毎月初めに当該月の必要額について支出決定原議を作成し、同課長名義の資金前渡請求書に同局管理部経理課長の支出命令(東京都会計事務規則六条一項一号により都知事の権限が委任されているものと解される。経理課長の支出命令につき以下同じ。)を得た上、自ら資金前渡受者として現金を受領保管し、具体的な必要を生じた都度支出伺に議長等の決裁を受けて必要額を使用する者に交付する、(二) 報償費については、慶弔、賞賜等の必要を生じた都度支出伺につき議長等の決裁を受けた上、庶務課長が支出決定原議を作成し、同課長名義の資金前渡請求書に経理課長の支出命令を得、自ら資金前渡受者として現金を受領し使用する者に交付する、(三) 特別旅費については、庶務課人事係長が支出決定原議を作成して議長等の決裁を受け、同係長名義の資金前渡請求書に経理課長の支出命令を得た上、自ら資金前渡受者として現金を受領し出張者に交付する、(四) 委託料については、経理課長が支出決定原議を作成し議会局長の決裁を得た上、同課長名義の資金前渡請求書により自ら資金前渡受者として現金を受領し使用する者に交付する、というのであり、これらの支出手続に徴しても、議長が本件交際費等の支出に関し支出命令等何らかの財務会計上の行為を行う権限を有していたと解すべき根拠は見当たらない。ところでこの点について、原判決は、交際費、報償費及び特別旅費について支出伺等に決裁印を押捺したこと並びに委託料について自らこれを受領していることを挙げて議長が「職員」に該当することの論拠としているのであるが、右決裁行為自体は前述の議長の事務統理権ないし議会局職員に対する指揮監督権に基づく行為と観念すべきものであつて、本来長に専属するものとされている予算執行に関する事務の権限の行使として行われるべき支出命令等の財務会計上の行為とはその性質を異にするというべきであるから、これを本件交際費等の支出行為そのものととらえあるいはそれと同視すべきものとすることはできないし、また、委託料については、先にみたとおり、議会局管理部経理課長が資金前渡受者となつて支出に関する事務を担当すべきものとされているのであるから、亡秀雄がこれを受領しその後費消した行為をもつて議長において当該支出に関し何らかの財務会計上の行為を行う権限を有していたことの証左とすることはできない。

三  以上によると、議長は、本訴において被上告人らにより違法であると主張されている公金の支出を行う権限を何ら有しないものであり、換言すれば、本件においては議長は法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当しないというべきであるから、本件訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法というほかない。そうすると、これと異なる見解に立つて、本件訴えを却下した第一審判決を不当として取り消し、本件を第一審に差し戻した原審の判断は、法令の解釈適用を誤つたものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上判示したところと結論を同じくする第一審判決は結局正当というべきであるから、右判決に対する被上告人らの本件控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官林藤之輔の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官林藤之輔の補足意見は、次のとおりである。

私は、議長には本訴において被上告人らが違法であると主張している交際費等の公金の支出を行う権限はなく、換言すれば、議長は法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当しないという法廷意見に賛成するものであるが、その理由に関連して私の考えるところを補足しておきたい。

一 本件において、議長は、支出伺に決裁印を押捺するなどして本件交際費等の支出に関与している事実が窺えるのであるが、議長には右支出に関し支出命令等の財務会計上の行為を行う権限はなく、それらの行為は都知事の委任を受けた議会局の職員が行つていたとみられるのであるから、右のような議長の関与は、議会の事務の統理権に基づき、当該公金の支出につき財務会計上の行為を行う権限を有する職員を議会局の事務の適正な遂行という観点に立つて指揮監督するという立場から行われているものと解すべきである。そして、かかる議長の行為は、財務会計上の行為としての「公金の支出」そのものではないが、これに密接に関連する行為ということができる。問題は、このような公金の支出に密接に関連する行為を法二四二条一項の「公金の支出」に含めて考えることが可能かどうかである。

この点については、右「公金の支出」の意義を広く解し、支出命令等の財務会計上の行為のほかに、これらの行為に事実上影響を及ぼす行為やこれらの行為を行う権限を有する職員を財務会計手続とは別の観点から指揮監督する行為もこれに含まれるとする考え方もあるであろう(原判決はこのような考え方に立つものとも解される。)。しかし、以下述べるような理由から、右のような公金の支出に密接に関連する行為であつても、これらと法二四二条一項の「公金の支出」そのものとは性質が異るものとして区別して考える必要があるように思われる。すなわち、右「公金の支出」は、支出負担行為(法二三二条の三)、支出命令(法二三二条の四第一項)及び支出(法二三二条の四、同条の五等)という各段階の行為から成るものと解されるのであり、法廷意見もこのことを当然の前提としているものと理解することができる。そして、右「公金の支出」がこのような行為を意味すると解するならば、その内容は明確で疑義を生ずることがなく、住民訴訟制度の趣旨からも首肯し得るところというべきであるのに対し、法令上右のような行為を行う権限を有しない者がこれらの行為に事実上影響を及ぼす行為等公金の支出に密接に関連する行為まで前記「公金の支出」の概念を含めて考えるとすると、その範囲が際限なく広がるおそれがあるとともに、それに該当するか否かが不明確となつて疑義を生ずることにもなりかねず、相当とはいい難い。したがつて、公金の支出に密接に関連する行為も法二四二条一項の「公金の支出」に含まれるとする考え方には左袒することができないのである。

二 法二四二条一項の「公金の支出」の意義を以上のとおり解した場合、違法な公金の支出に事実上影響を及ぼしこれを実質的に決定する行為や当該公金の支出の権限を有する職員を財務会計手続とは別の観点から指揮監督する行為については、住民訴訟を提起する途がないのであろうか。もしそうだとすると、違法な公金の支出について責任を負つて然るべき者が単に当該公金の支出につき財務会計上の権限を有しないということだけで免責されてしまうのは法が住民訴訟制度を設けた趣旨を没却し不合理ではないかとの疑問が生じ得ないではない。しかし、この点については次のように考えるべきである。すなわち、そもそも住民訴訟制度は、法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正し、これによつて普通地方公共団体が損害を被る事態を回避し又はその被つた損害を回復することを目的とする制度であつて、特定の地位ないし職にある者の行政上の責任を明らかにしこれを追求することを直接の目的とする制度ではない。そして、前記のような行為はその態様によつては普通地方公共団体に対する民法上の不法行為を成立させ、当該普通地方公共団体はその行為者に対し損害賠償請求権という財産を有する場合も考えられるが、もし右債権の管理を違法に怠る事実が存在する場合には、住民は、当該「怠る事実」について、監査請求を経由した後然るべき形態の住民訴訟を提起して、右違法な「怠る事実」の是正を図るとともに当該普通地方公共団体の損害の回復を図ることが可能と解することができる。したがつて、前記のような疑問は当たらないというべきである。もつとも、本件訴えは、被上告人らの主張その他訴訟の経過等に照らし、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に対する損害賠償の請求としてのみ提起されていることが明らかであるから、本件において右の点を考慮の対象とする余地はないといわざるを得ない。

(裁判長裁判官 藤島 昭 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 林 藤之輔)

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